2008年10月10日
精神的な強さ
昨日、中学時代の友人から久しぶりにメールが来て。
ちょっと衝撃を受けてしまった樋渡です。
なんで、いい人なのに。
少なくとも樋渡よりも大人なのに。
思いつめるんだろうなぁ・・・
ふっと、時々メールを思い出しては、少し暗い気持ちにふけっていました。
『大人』ってなんなんでしょうね。
何かができるようになったら大人?
責任が取れたら大人?
20歳と言う歳を越えたら大人?
精神的に強くなれば大人?
と言うよりも、子供と大人の境界線は一体どこなんでしょう?
大人でも、この世の中、『できた人間』に誰もがなっているわけじゃない。
そもそも、できた人間って何?
『精神的に強くなりたい。』
それも分かるけれど、なかなかできるものではない。
ある意味それは、自分が今までどういう環境でどういう風に自分が動いたかによって、精神的な強さは変わると思う。
『精神的に強い人』
それに憧れを持ちますよね。
樋渡も、同い年で今でも仲良くやっている人がそういう人で尊敬しています。
きっと、同級生の中で一番精神的な面において強い人だと思っています。
その人はきっと否定するだろうけれど。
一番、ちゃんと『自分』を持っていて、強い人。
この友人には、樋渡も精神的に参ってしまった時、愚痴をこぼしたこともあるんですよ。
中学の人間関係に、自分が抱えきれなくなって。
ついつい愚痴のはけ口にしてしまって。
それを今でも後悔しているんですよね。
『頼られて嬉しい。』
そうは言ってくれるけど、他人の愚痴なんか聞いても嫌だろうと思ってしまいます。
それに、樋渡はこの人の愚痴は聞いたことがありません。
『聞くから、言ってよ。』
って言っているのに、愚痴らしい愚痴は聞いたことがなく。
逆に、たくさんの人の聞き役に徹しているぐらいだから。
大丈夫かな・・と不安になってしまいます。
そんな精神面の強い友人ですが。
樋渡は、この友人を尊敬しているって言いましたが。
それと同時に、ほんの少しだけですが、悲しくなるんです。
なんででしょう?
無性に、悲しくなるんです。
精神的に強くなった人は、そうしなければならなかった人です。
そうしなければ、自分を強くしなくては生きてこれなかった人です。
そうは、思いませんか?
精神的に強くなった人は、なにかがあって強くなった人。
そうやって樋渡は思ってしまうんです。
別に、精神的な強さを求めるなとはいいません。
が、樋渡は、無理をして自分を追い詰めてまで精神的な強さを求めようとするのには反対です。
生きていく中で、なにか障害にぶつかった時、自然と強くなるでしょう。
ぶつかった時、逃げるか立ち向かうかでまた違ってくることだとは思いますが。
それを乗り越えて、初めて、自分が少し変わることになるんじゃないかな。
それがいいことなのか悪いことなのかはしらないけれど。
精神面の強さは、求めずともそのうち生きていく中で自然と身についていくものだと思います。
だから、メールの友人も思いつめて欲しくはないんだけどなぁ。


